雨天結構1

 タップダンスを思いっきり踏んでやった。
 前の家ではタップダンスを踊ると、下の階の住人が文句を言いに来て、揉めたりもしたもんだ。なので今度は一階に引っ越した。
「一階にしてください」
 それだけを不動産屋に告げて今の家を探したので、まあそこそこに、引越しは早く済んだ。


 僕は別にタップなんてうまく踏めなかった。テレビで見た、黒人のおっさんのタップダンサーがとても格好良かったので、それを真似して靴をガチャガチャ踏み鳴らしているだけのことだった。
 本当は黒人のおっさんが、タップを踏んだ後に「どうだい」と言わんばかりに、白い歯を見せてにかっと笑うのが一番格好良かったけれど、それを真似するのは僕にはもっと難しかった。なので、タップを踏んでみたということになる。
 土足じゃないよ。ちゃんと、室内用の靴を買ってきて、タップの時にはそれを履いて踊ってるんだ。
 外は相変わらずの雨だし、僕にはタップダンスがお似合いだと、自分で勝手に思っていた。
 タップを踏むことを考えて家を探したので、床はフローリングだ。じゅうたんでは良い音がしなそうだと、僕なりにタップについて考えたからだ。
「床は硬いフローリングで」
 あ、そっか。不動産屋に出した注文はひとつじゃなかったか。


 フローリングの床から、声がした。
「ねえ、いいかげんにしてくんない」
 ここは一階なのに床下から声がして、僕は大層驚いた。
「ええと、すみません」
「謝れば良いってもんじゃない、下のもののことをよく考えてタップを踏んでよ」
「はい、以後改めます」


「ええと、誰ですか?」
「もぐらだよ」
「はい?」
「もぐらだよ。一階の下から声がしたらもぐらに相場は決まってるだろう」
「はあ」
「ああ、それと」
「もぐら?」
「ここ最近、大雨が降ってる。あれもどうにかしてくれないと困る」
土竜ですか?」
「漢字で呼ばないでくれる」
「ああ、はい」
「それで雨のことだけど。掘った穴がね、穴じゃなくて井戸になるよ、これじゃ」


梅雨明けまで続く。