雨天結構3

 まだあれから数日しか経っていない。雨は降っている。豪雨じゃないし、ずっと降り続いているわけでもない。たまに降って、晴れるんだ。
 こういう雨は性質が悪いと思う。一抹の希望を抱くからだ。


 浸水した雨を掃き出し、適当に床拭きをした結果、部屋はまたたく間に元通りになった。
 僕は飲みかけのテキーラを片手に、フローリングの床に横になっている。
 雨は降り続いていた。洗濯物の生乾きの臭い。生ぬるい湿気が、首元でざわつくぐらいの暑さ。僕は紫色のアロハシャツを着て、横になっていた。
 シャツの胸ポケットには、インクの染みが付いていた。胸に挿していた万年筆からにじみ出たものだったことを、僕は良く覚えている。
 この染みは、かつて僕が、外出するときには必ずペンとメモを持ち歩いていたことを、証明するものだった。僕はたまにこのアロハシャツを着ることにしている。
 アロハシャツに、今度は僕のワキの汗が、じっとりとにじんでいた。


 寝転んでいる僕の後頭部の床に、何か金属めいたものが下からコツコツと当たる音がして、ふいに目を覚ます。


「……スコップ?」
「そんなことはどうでもいい。雨の件なんだけど」
 もぐらだ。
「あ、どうでした?」
「大雨はまあ、意外と助かったよ」
「それはなによりです」
「おかげで穴の上まで雨水が溢れて、井戸なんて呼べるものじゃなくなったしね。それで井戸端会議は終わりを告げたから」
「へへ」
 僕は口元に、似つかわしくない卑屈な笑みを浮かべる。
「けどさ、なんでまた前の雨に戻ってるんだよ」
「雨乞いをしなくなったせいじゃないですかね」
「なんで雨乞いをしなくなったんだよ」
「床がびちょびちょになるからじゃないですかね」
「なんでそこ、自分のことなのに濁すんだよ」
「床がびちょびちょになるからです」
 床下のもぐらに向かって、僕はしゃんとした口調で言い直す。
「床がびちょびちょになると、なんで雨乞いをしなくなっちゃうの?」
「それは」
 僕は2階部分がまっぷたつに折れてしまった2段ベッドを指し示しながら、こう言った。
「部屋のどこでも雨乞いのタップダンスが踊れないからです」


「最近の雨で、また穴が井戸に戻ったよ」
「はあ」
「雨をやませることは出来なかったの?」
 僕は、既にあるものを増幅して効果を大きくするということより、何かの事象を何もかもなくしてしまうことの方がはるかに難しいことを、心の傷に例えて、もぐらに説明した。
「伝わりましたか?」
「ん、いや、ん、その話はまた今度にしてくれる?」


「でも、穴が井戸になったせいで、そっちも大変だと思うよ」
「こっち?」
「そう、そっち」
 床下から、コンコンと金属めいたものでつつかれ、僕がもぐらに示されているのがわかった。
 あれはやっぱり、スコップでつついているのかな……ぎゃっ。
「いたたたたたた」
「そうれ見なよ。若くて無分別な命知らずが、そうして大人の君を襲うことになるんだ」
「いた、あいたたた」
「井戸が出来ると、そういうやからが沸いてくることになる」


 僕の指には、カエルが喰らいついていた。
「井の中のかわずだ」
 僕ともぐらは同時にそう口にした。
 床はテキーラが零れて、びちょびちょになってしまった。


梅雨明けまで続く。