雨天結構4

 痛いと思っていたけれど、実はカエルに噛まれた指はそんなに痛くもなかった。カエルには歯が生えていないからだ。
 テキーラを飲みすぎたせいで、僕は幾分、そう言ったリアクションがサービス旺盛になっていたのかもしれない。
 カエルの方は僕の痛がりぶりに気を良くしたらしく、次の獲物を定めて飛び掛ってきた。それは、僕の鼻だった。
 突然目の前に緑色の物体が突っ込んできたことに僕は驚き、とっさに平手でカエルを打ち下ろしてしまった。
「グェ」
 フローリングの床に叩きつけられたカエルは、ぺしゃんこになってしまう。少し悪いことをしたかもしれない。


「隙を見て指に噛みつけたからって、鼻を狙うのは無理があるだろ」
「ケロケロ」
「人間とカエルじゃ、明らかにリーチが違うじゃないか。相も変わらず無鉄砲なやつめ」
「ケロ」
 もぐらは床下から、井の中のかわずに向かって説教している。動物同士ということで会話が成立しているのかもしれないが、カエルがどれほどもぐらの言葉を理解しているのか、その無表情さからするに、いささか疑問に思える光景だった。
「ケロケロー」
「あ、テキーラ舐めてる」
 床に突っ伏してもぐらの説教に屈していたかのように思えていたカエルだったが、実は床にこぼれたテキーラを舐めるのに一生懸命だった。
「こいつ、大海も知らないのに酒の味なんか覚えやがって!」
「まあまあ」
 カエルに手厳しい怒りをぶつけるもぐらに対して、僕はなだめる言葉をかける。
 しかし多分もぐらも大海は知らないと思うのだが、どうだろう。


 急にカエルの舌が一瞬で伸びて、僕の昼ご飯の残りだった大学芋をくわえ込んだ。
 そして、飲み込んで一瞬で吐き出した。サイズが大きすぎて、胃が受け付けなかったらしい。
「グエッ」
 家の外では雨の中、傘を差して下校中の小学生の「げろげろげろげろくわっくわっくわー♪」と言う歌声が陽気に響いていた。
 カエルは酒に酔っているのか相変わらず無分別なのか、何度も舌で大学芋を口中に巻き込んでは、グエッと吐き出しつづけている。外から聞こえる小学生の歌声と、リズムが丁度良く合っていた。
「くわっくわっくわー♪」
「グエッ」
「くわっくわっくわー♪」
「グエッ」
 外の小学生がその部分をくり返すのは、輪唱だからだ。


 大学芋に飽きたカエルは、僕のゴミ箱をあさって、紙とプラスチックを分け始めた。
「やることなすこと傍若無人だなあ」
「何せ、井の中のかわずだからな」
「あれ、無分別……?」
 首を傾げる僕の前で、カエルは次々にゴミをより分けていく。


 僕はこのカエルを飼うことにした。


梅雨明けまで続く。