雨天結構5

 長雨のせいで外出がままならず、冷蔵庫の中身はテキーラの残りだけになっていた。
 おなかがすいてタップも踏めない僕が玄関のドアを開けると、そこに立っていたのは、まるでハロウィンの仮装のように現実離れした服に身を包んだ、華奢な女の子だった。
 手にはタッパーウェアを持っていて、その中身は肉じゃがだった。
 僕はこの人を知っている。


 以前の話になる。
「あの、いいかげんにしてください」
「ええと、すみません」
「謝れば良いってものじゃありませんよ、下のもののことをよく考えてタップを踏んでください」
「はい、以後改めます」
 しかし僕はその後もタップを踏み続けてしまった。そしてそのたびにこうしてこの人に文句をつけられ、謝ることをくり返していたのだった。
 僕が黒人の教える教本ビデオを見ながら、調子に乗ってタップを踏んでいたとき、そして興が乗ってビデオも見ずにがむしゃらに足を踏み鳴らしたとき、いつもドアをノックする音がした。
 そしてドアを開けると、こうしてハロウィンの仮装のような黒い格好の女の子が立っていて、僕に意見をしに来ていたのだ。
 かつてはいつも、そうだった。
 彼女は一階に住む女の子だった。
「昼間はまだいいんです。でも、夜中はうるさくてたまりません」
「ごめんなさい」
「こうして意見をしにくるというのは、よほどのときですからね。本当に、気をつけてください」
「反省してます」
「それにしても、昼も夜も家にいらっしゃるんですね。失礼ですが、お仕事はされているんですか?」
「えー、はあ」
「熱心に練習されているところを見ると、ダンサーさんなのかもしれませんね。練習ばかりがお忙しいようですけど」
「うー、ええ」
「おかげであなたのタップのリズムが夢にまで出てくるようですよ。なかなか心地よくて、それはそれで楽しく眠れていますけど」
「はい、はい」
「それじゃあ、また」
「はい」
 僕はドアを閉じた。のぞき穴から外を見ると、女の子はまだそこに立っていて、持っていたバッグからごそごそと、黄色い縁取りのタッパーウェアを取り出している。
 再度呼び鈴が押された。
 僕はそのままドアを開けた。


「肉じゃがが余ってるんですけど、食べませんか?」


 それからことあるごとに、女の子は僕の家に訪れ、僕のタップに文句をつけた。そしてタッパーに肉じゃがを詰めて持ってきたのだった。
 僕はしばらく、肉じゃがとタッパーウェアには不自由しない暮らしを送ることになった。
 夜中にタップを踏めば、女の子は夜中に文句をつけに来る。朝方にタップを踏めば、女の子は朝方に文句をつけに来る。
 僕はこの家を引っ越した。


 あの時の女の子が、あの時と変わらない黒いドレスのような服装と、華奢な体つきで、そこにいる。
 彼女は僕に言った。
「肉じゃがが余ってるんですけど、食べませんか?」


梅雨明けまで続く。