十日前の熊本旅行・4

 熊本に着いて四日目。この日は特に決まった用事がなかったので、元タクシー運転手の叔父さんに車を出してもらって、ちょっとお出かけをすることになった。
 阿蘇の有名スポットの一つで有る地獄温泉。硫黄臭の強い泥臭い温泉なんだけど、ここで母が何十年も前に働いていたと言うことで、久々の顔出しついでにあったまってくることになりました。
 いろは坂なんか目じゃないような、曲がりくねった細い道をずっとずっと山の上に向かって登る。もうちょい行くと阿蘇山の火口にも行けるねってぐらいのところまで登り切ると、そこが地獄温泉でした。
 道中、母や叔父や叔母は地元民らしく、地獄温泉のことをただ単に『地獄』と呼んでいた。「地獄に行くのはこっちの道だっけ?」「さあ、わたしが住み込みで地獄で働いてたときはこの道あったかしら」とか、ちょっと面白い。いやむしろちょっと怖いのか? 地獄に住み込みって。地獄に久々に挨拶って。
 しかしその噂の地獄は、到着するなり若い女子三人組に「すみませーん、写真撮ってもらえませんかー?」とか話しかけられる、割とフレンドリーな場所でした。若い女子三人組は僕に写真を撮られた後、混浴OKの雀の湯の方に消えた。
 いいねえ地獄!
 ところが僕は中にあった和風レストランの前に掲げてあった「野鳥丼」という言葉に、より興味を奪われてしまいました。この後割とすぐに御飯食べる予定があったはずだけど、いいや食っちゃえ! 今日も色気より食い気。
 野鳥丼と鴨そばを食べる。むしゃむしゃ。季節限定メニューって言うのに、馬とか鹿とか猪とかがあるなあ。どれも刺身だよ。何でも刺身で食うな熊本人。食いたい。金も時間も腹の余裕もないから頼まないけど。
 それにしても、寂しくてぼんやりして古臭いスポットだけど、昼間から若い人達の姿が多く見かけられるな。なまりも感じられない若い男女の8人集団がどかどかあとから入ってきて飯食いだしたけど、大学生かなんかの旅行なのか。
 あれ……あのメガネ男子結構いいな。
 色気より食い気はどうした。


 その後のんびりと風呂につかって体をあっためるわけですが、もちろんそのメガネ男子と風呂で遭遇してちょっとドキるみたいなBL展開はありませんでしたよ。事実にしても脳内にしてもそんなことを一石さんがマジに体験してたらみんなひくわ。
 ただ、風呂に入っている最中執拗に風呂場を磨き続ける従業員のお婆さんとは遭遇した。恥ずかしいとかでもないんだけど、湯に使っている僕のすぐとなりですっと同じ箇所を磨き続けたので、なんだかここで湯を上がると負けた気がしてずっと湯に浸かっていた。
 あと新湯の様子を見に行ったら、男湯の中で一人佇む太ったお婆さんとも遭遇した。あれじゃ新湯入れないよ。いろんな意味で。

 硫黄臭ただよう中、地獄の先の岩場をかき分けて登ってみた。途中に字が完全に消えた看板が転がっていて、よーく読むと「ガス発生注意」的なことが書いてある感じだったけど、特に仕切りとかなかったので興味が勝ってそのまま登り続けた。
 お湯を引くためのホースをかきわけ、湯気と岩とすすきの中でもう一枚写真を撮影。お湯を引いているホースは穴が空いてて、ぴしゅんぴしゅんお湯でてたよ。いろいろおおらかだな、地獄。


 地獄から帰って、一休み。その後夕食は、味噌つけた田楽を囲炉裏で焼いてむっしゃむしゃするお店に親戚一同で向かいました。
 こんにゃくとか芋たんぽとかじゅうじゅう。あと、人数分のヤマメが外の生け簀からがさっと攫われて、口から尾まで棒をぶっさされて炉端で焼かれました。ヤマメの奴ったら体中塩まみれで串刺しなのに超元気。「まだあまり火に近付けると暴れて棒が倒れます」とか言われてる。ぴちぴち跳ね続けてる。
 感謝して美味しくいただきました。キリン熊本工場で作られたブレミアムモルツがうまい! ぷはー。
 ひとしきり食い終わったら、酔っ払った男衆を車で回収するために、近所に住む従姉妹の姉ちゃんが迎えに来てくれた。そのままそちらのおうちに少しだけおじゃま。

 でっけーねこがいました。我が家のオード・リーの倍ぐらいあるの。足が山猫みたいに太いの。
 左の戸を開けろとせがむので開けてやると出て行って、右の戸から程なくして帰ってくる。で、すぐにまた左の戸を開けろと鳴く。開けると出て行って、程なくすると右の戸(略)。
 かわいいので追い掛け回して、最終的に腹の毛に顔を埋められるまでになりました。寝っ転がって顔埋めてたら酔っ払った叔父さんが僕につまずいてこけた。