伝わるうちに伝えたい

 ギャーなんかごめんなさい、生まれてごめんなさい!
 昨日の日記の「評価の声は伝えようよ」っていうのがなんか微妙なことになって気を使わせてしまっているようだったら皆さんごめんなさい!
 なんかね、自分のモチベが低くなってる原因を探っていたら、「誰かに褒められないとやってられないんだよなあ」っていう結論に行き着いて、「評価の気持ちを胸にしまっているままだと、それを知らないままだと、損をする人たちってたくさんいるよな!」って怒りとも切なさともなんともいえない気持ちが高まって行って。その結果ああいう感じの、どっちつかずな文章が出来上がったわけです。


 例えばとべないぼうしの描く絵はとてもいいと思うんだけど、彼は最近殆ど絵を描いてない。忙しいって言うのもあるんだろうけど、それって「ぼうしさんの絵が素敵だと思います!」って言ってあげてる人が少ないからなんじゃね? 「この絵が好きです」って人がいない分には仕方ないけど、好きなのにそれを言わないままの人がいて、それが伝わってないせいで描き続ける力が減っていって、あげく描くのをやめちゃったらそんな酷い話ないよ! 自分に照らし合わせて考えて見たらそんな悲しいことないよ! と言うような思いがどんどん込み上げたんですよ。
 いや別にとべないぼうしがそういう声を切実に望んでるかどうかは知らないけど、あくまで例としてですよ。マグ朗の芝居だってけいすけの音楽だって何でもいい。あくまで例です。
 自分がそういう状況(好いてくれている人がいるのに知らないままにやる気をなくす)になったら嫌だし、もしかするとそういう状況に現在陥っているのかもしれない。他人のことと自分のことが重なり合ってあれこれ考えて、昨日のような「全ての人にエールを送ろう」という話を書こうと思ったんです。
 それと、恋人とか友達とか親とか仕事とか日々の食事とか、そういうのに対して「良いなあ」って思うことがあったらみんな口にすればいいじゃん、相手はそれ聞いたら喜ぶよ? ってのも強く思ってるんですよ。だからそういうのも加味しつつ。
 「大事な存在に感謝しろよ!」とか言うのはあまり好きじゃないんですけど、もしも感謝の心があるなら、もしもあるんならばね、それ伝えればいいじゃない。思ってるだけじゃ伝わらないし、伝えないと手遅れになるケースだってあるんだし、と思うんですよね。
 中にはホラ、「いいですね」って言葉がない以上は自分の作ったものは全部駄目で、あの人もこの人も自分のことを嫌っていて、自分なんかいなくなればいいのにって考えてる人もいるんだし。


 わたしの好きな映画で、こういうのがあります。
 主人公は有名人で、自分の生活とか切り売りしたり周囲の人を敵に回したりしつつ、それでいて人気者の人なんですよ。
 でも最後にその人は死んでしまう。自分のつらさとかやりきれなさとか、他人を楽しませたいっていう気持ちとかを、メディアを通じてさんざんぶつけまわった末に、死んでしまう。
 そうしたら最後にエンドロールが流れてるところで、彼のファンだった人とか、彼のことを別にそんなに好きでもないけど存在は知ってたっていう人とかが、口々に言うんですよ。「やっぱりあいつはそういう死に方をすると思ってた」とか「なんだ、もったいない」とか「死ぬことはなかったのにな」とか「ファンだったのに残念です」とか、あれこれと勝手な思いを言うんですよ。
 で、この映画、実話が元になってるらしいんですよ。
 この映画の終わり方を見たときに、「それ、生きてる間に言ってやれよ! それを聞けたらまだ何とかなったかもしれないじゃん!」ってすごく強く思ったんですよ。
 この映画が、どの程度実話を元にしているのかはわからないんで、ラストシーン辺りは脚色なのかもしれないんですけどね。だけど、多かれ少なかれこの話のモデルになった人はいるらしい。
 必死に自分の存在を訴えていたのに、死んだ後に何言われたって、もう届かないんですよ。この人は自分のやったことが報われないまま、がっかりして死んでるんですよ。誰かの大切な言葉が彼に届いていたら、死ぬときだってその言葉を胸に、笑って死ねるかもしれないじゃないですか。
 誰だって、事故でも事件でも失踪でも大人の事情でも何でも、急にいなくなる可能性はあるわけじゃないですか。ましてやネットの世界は怖いもので、急にネット上からその人が消えてしまって消息がわからない、『ネット上の死』が割と簡単に訪れる。皆さんも経験があるでしょう、日参していたんだけどある日ぱったりと更新が止まってしまって、管理人がどこに行ったのかもわからないサイトが。
 ある日急に誰かがいなくなって、伝えそびれた言葉だけが残る。その言葉が伝わっていたら何か変わるものもあったのかもしれない。


 よーし、思ったことや感じたことで、相手が喜んでくれそうなことは、なるべく自分は伝えるようにしよう!
 わたしはこの映画を見たときからそれを強く心に留めるようになり、自分が創作を本格的に始めるにいたって、「ああやっぱりこの気持ちは大事なものなのだな」と更に強く思ったのです。
 だって「なんかいいです」の一言が支えになって出会いになって活動になって、それがなければただしょぼくれて酒飲んで筆折ってるんですから。身に沁みてわかったんですよね。好意の思いを伝えておくのって大事なんだなってことが。


 だからホラ、これを読んでいるあなた。あなたが好きだと思う、いいものだと思うものを作り出してくれている人に、その気持ちをなるべく伝えましょうよ。一人で黙々と何かをやっている人、続けていることがなかなか認められていない人なんか、きっとあなたの言葉を待っていますよ。
 もしくは、「これはいつか言わなきゃいけないと思うんだけど」って後回しにしていることがあったら、電話なりメールなりですぐ伝えればいいじゃないですか。明日じゃもう間に合わないかもしれないですよ。
 それでそのついでに、わたしに対しても何かしら「これはいいな」って思ってくれることがあったら、こっそり教えてください。大感謝します。
 伝えやすいように、定型分も作っておきましょう。「前から一石さんのファンです。うまく言えないんですが、書くものがなんとなくとてもいいと思います。ちなみにわたしは美脚で通ってるんですが、よろしければわたしの写メをお送りしましょうか」。
 もしくは「炊き立てのごはんとねこをいっぱいあげます」でいいと思います。