ひげよさらば

 ひげを抜くって言うのは一度はまるとなかなかやめられないもので。
 爪の先でこう、伸びかけの無精ひげをつまんで、くいっと抜く。もどかしくひげを指先で探りつつ、どうにかつまみあげて抜いた瞬間のあの達成感というかなんというかは、思わず病みつきになるものです。
 しかし何とも、あごの下のひげと言うのは抜きにくいんですよね。横に寝ていたりするしたいして伸びていなかったりするし、それでいて髭剃りでは剃りにくいのでいつまでも小さな毛先が残ることも多いから、なるべく率先して抜いてしまいたい毛ではある。
 昨日テレビを見たりネットを徘徊したりしながら、そういう毛を抜こうと躍起になっていました。かれこれ1時間ぐらい。たった一本の毛が抜けないための戦い。指の先も痛くなるしあごの下も痛くなるし。何やってんだ。仕事も半ば放り投げて。
 でもこれだけ苦労した暁にようやく抜けたひげを拝めるとするならば、それはきっとかなりの達成感と共に合間見えるものであって、なかなか感動的なものになるのじゃないか。ええい見たいぞ出会いたいぞ、この抜けないひげめ。ここまでやったんだ、ここでやめたら負けた気がする。必ず勝ってやる。必勝だ。ひげなんかに負けてたまるか!
 と戦いを続けていたら、いつの間にかそのひげが抜けていたことに気づきました。あごの下を触っても、そこに、ない。でも指先にも、ない。
 苦闘1時間の末に、気づけば対戦相手はどこにもいない。奴を抜いてやることには成功したんだから、負けてはいないはずなんだけど、勝った気はしない。この戦いを演出してくれたあいつの顔を拝みたかったのに、一体どこに消えたというんだ、ああ! なんだこのもやもやした感じは!
 そういう、なんともえもいわれないような感情を表現するような詩を書く、詩書きです。
 まさかの自己紹介オチ。