雨天結構2
「穴と井戸って、そんなに違うものですか」
「そりゃ違うよ。一文字だったのが二文字になるし」
「あな。いど。同じですね」
「そりゃひらがなで考えてるからだよ。漢字で考えてみてよ」
「ああ。あーあー。あっ」
「今、“土竜”って頭に浮かんだでしょ」
「すみません」
僕は床下のもぐらに頭を下げた。
傍から見ると、目の前に誰もいないのにもかかわらず、土下座をしている格好になる。
しかし部屋には、靴を履いてタップを踊っていた僕と、もぐらの声が響いているだけだったので、僕はこの失態を誰にも見られることがなくて済んだ。
「井戸になると、井戸端会議が始まるんだよね。あれがなんともさ」
「ああ、ありますね」
「主婦が集まるんだよ」
「何人ぐらい?」
「4人ぐらいかな。ちょっと今、タメ口っぽくならなかった?」
「すみません」
僕は二度目の土下座をした格好になる。
もぐらが言うには井戸端会議は、憶測混じりの噂話が一方通行で延々繰り返される、「いわば読経のようなもの」で、聞いている側も聞かせている側もそれが何なのかよくわからないまま声だけが続くという、あまり関わりたくない行為なのだそうだ。
僕はその話を聞きながら、部屋に飾ってあったキング牧師のポスターのはがれた部分を、おろしたてのセロハンテープで止めていた。
「それにね、こっちは地下なわけ。言い換えれば地底なわけ」
僕は、フローリングの床のもぐらの声のする辺りに、ばってんにしてセロハンテープを貼ってみた。
「地底にはもぐらのホールがあって、これはダジャレでモールホールって呼ばれてるんだけど、とにかく残響音がすごいんだ」
「大変ですね」
「だからとにかく、タップも雨もやめてくれないか」
「はい、以後気をつけます」
もう少し右だった。僕はセロハンテープを慎重にはがして、少し右に張り替えた。
話を終えた僕はネットで雨乞いの儀式を調べて、みようみまねでそれを実践してみた。途中からただのタップダンスになってしまっていたかもしれない。
するとまたたく間に豪雨が降り注ぎ、翌日には床上浸水をしてしまった。僕は2段ベッドの上のほうで寝た。
ばってんになったセロハンテープが、水に浮かんでいる。
梅雨明けまで続く。